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名作住宅に学ぶ 堀口捨己「小出邸」1925年

No.22 / 49

和モダンの原点

瓦の大屋根の下に、白い壁と水平に伸びる軒。和風なのか洋風なのか、ひと目では決められない。建築家・堀口捨己が1925年に設計した小出邸は、いまでいう「和モダン」の早い例として、東京の江戸東京たてもの園で見ることができる。

小出邸の外観。瓦の大屋根に、白い壁と水平な軒、大きな木枠の窓
四角錐のような瓦の大屋根と、水平に伸びる軒。 写真:Ymblanter/「Tokyo House of Koide 1.jpg」(Wikimedia Commons)/CC BY-SA 4.0(見学者が写らないよう一部を切り取った。改変後もCC BY-SA 4.0)

1ヨーロッパから帰って

小出邸は1925年、文京区西片に建てられた。日本のモダニズム運動を主導した堀口捨己が、ヨーロッパ旅行からの帰国直後に設計した住宅である。当時オランダで流行していたデザインと、日本の伝統的な造形を折衷している1。

堀口は1923年から1924年にかけてヨーロッパに渡り、同じ年に『現代オランダ建築』を著している2。

小出邸の洋室。窓辺に黒いアップライトピアノと、赤い椅子がある
洋室の窓辺のピアノと、赤い椅子。 写真:Kentaro Ohno/「House of Koide 20130323-07.jpg」(Wikimedia Commons)/CC BY 2.0

2大屋根と水平な軒

小出邸は、四角錐のような大屋根と水平な軒を持つ、和洋の混ざった住宅の草分けである3。瓦の屋根は日本の家のものだが、壁の白さや軒の水平の線は、ヨーロッパの新しい建築を思わせる。

小出邸の和室。畳と襖、天井から下がる照明
和室。畳と襖に、洋風の照明。 写真:Kentaro Ohno/「House of Koide 20130323-03.jpg」(Wikimedia Commons)/CC BY 2.0
小出邸の洋室。赤い布張りのいすが丸いテーブルを囲んでいる
洋室。赤い布張りのいすと丸いテーブル。 写真:Kentaro Ohno/「House of Koide 20130323-08.jpg」(Wikimedia Commons)/CC BY 2.0
小出邸の和室から、木の窓枠と障子越しの光を見た窓まわり
和室の窓まわり。木の枠と、障子ごしの光。 写真:Ymblanter/「Tokyo House of Koide 4.jpg」(Wikimedia Commons)/CC BY-SA 4.0

3和モダンの家を建てるなら

和モダンは、和と洋のどちらかに寄せるのではなく、組み合わせ方で決まる。屋根や軒など外観の大きな形に和の要素を、室内の家具や照明に洋の要素を、というように役割を分けると、まとまりやすい。

深い軒は夏の日射しを切り、外壁を雨から守る。軒を深くすると建物の見た目が落ち着くぶん、屋根の費用は上がる。住宅プランナーの「和モダン」の型は、深い軒と低い寄棟屋根で叩き台を描く。

和モダンの叩き台を描く

住所と家族の人数を入れると、和モダンの型で叩き台を描き、建つ見込みと金額の幅を示します。

「和モダン」で設計する

無料。叩き台であり、最終的な可否と金額は住宅会社が決めます。

この家を見に行くには

小出邸は東京都小金井市の江戸東京たてもの園に移築され、東京都指定有形文化財になっている1。開園日や時間は公式サイトで確かめたい。

注

  1. 江戸東京たてもの園「西ゾーン」小出邸。建築年代、旧所在地、説明、文化財指定。https://www.tatemonoen.jp/restore/intro/west.php
  2. 「堀口捨己」Wikipedia。経歴、ヨーロッパ留学、著作。https://ja.wikipedia.org/wiki/堀口捨己
  3. 「江戸東京たてもの園」Wikipedia。大屋根と軒。https://ja.wikipedia.org/wiki/江戸東京たてもの園

2026年10月10日確認

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