住まいの言い分 Vol.6
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縁側は、家の外でも中でもない。
座敷のすぐ外に、細長い板の間が張り出している。靴は脱いである。けれど、屋根の下だから、雨には濡れない。縁側は、外と中の、どちらにも入りきらないところに居る。
縁側が広まったのは、そんなに昔じゃない
縁側は、昔から日本の家にあったもの、と思われがちだ。『世界大百科事典』の「縁側」の項(鈴木充)は、庶民の住まいに縁側が広まったのは、17世紀から19世紀にかけてのことだと説明している。
川崎市の日本民家園に移築されている旧伊藤家住宅は、縁側がごく浅く、縁側が生まれたころの姿を残すとされる。同じ園の旧北村家住宅では、縁側が、ヒロマ(広間)の前に付いている。江戸中期以降の民家に、ふつうに見られる形だ。
縁にも、名前がある
縁側と一口に言っても、種類がある。『日本大百科全書(ニッポニカ)』は、濡れ縁、榑縁(くれえん)、簀子縁(すのこえん)、切目縁(きりめえん)といった呼び名を挙げている。
いちばん知られているのは濡れ縁だろう。雨戸の外にある、雨に濡れる縁だ。雨水を流すために、わずかな水だれ勾配(100分の1)をつけて張る。
縁側の幅は、使い方で決まる
縁側の奥行きは、通り道として使うなら狭くても足りる。けれど、そこに腰かけたり、荷物を置いたり、テラスのように使いたいなら、1.2〜1.5メートルは欲しい、という解説がある。
軒が、日ざしの季節を分ける
縁側のいちばんの働きは、軒との組み合わせにある。東京の真南で、太陽の高さは、夏至に約77.5度、春分・秋分に約54度、冬至に約30.6度(建築研究資料No.119、自立循環型住宅の設計ガイドラインによる)。
夏は太陽が高いから、軒が日ざしをさえぎる。冬は太陽が低いから、軒の下をくぐって、部屋の奥まで光が入る。縁側は、何も足さなくても、夏の日除けと冬の日だまりを、同じひとつの形でやっている。
軒の出は、どれくらいがいいのか
同じ設計ガイドラインには、南面の軒の出の目安がある。窓の下端から軒の下端までの高さの差の、3分の1以上、というものだ。図の寸法では、高さの差が150センチだから、50センチ以上。図の90センチは、その目安を十分に満たしている。
図の仮の寸法で計算すると、夏至に軒の先をかすめた日ざしは、壁から約37センチの縁側に落ちる。冬至の日ざしは、窓の高さ187センチあたりで壁に当たり、床では壁から約3メートル奥まで届く。
夏のすだれ、冬の陽だまり
軒だけでは足りない日は、すだれを掛ける。日ざしを外でさえぎるから、障子やカーテンを閉めるより、部屋に入る熱が少ない。冬になれば、すだれを外して、日ざしを通せばいい。
昔の家は、季節ごとに、建具や小物を入れ替えながら、日ざしの量を調整してきた。縁側は、そのための、ちょうどいい場所だった。
家を建てるなら
縁側は、なくしても部屋としての広さは変わらない。けれど、軒の出と窓の高さを決めるとき、夏と冬の日ざしを思い出すと、縁側がしていた働きを、別の形で取り戻せる。
日ざしの量は、建つ土地の向きや、隣の家の高さで変わる。軒の出や窓の高さは、図面の上で決める前に、住宅会社と、夏と冬の日ざしの入り方まで話しておくといい。
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参考:世界大百科事典「縁側」(鈴木充)、日本大百科全書(ニッポニカ)「縁」、建築研究資料No.119、自立循環型住宅の設計ガイドライン、川崎市立日本民家園の旧伊藤家住宅・旧北村家住宅の解説、講談社『家とインテリアの用語がわかる辞典』。
2026年10月10日確認
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